「受洗の証し」
![]()
2003年4月20日 池上美香
1.キリスト教との出会い
記憶している最初のキリスト教との出会いは、父からのクリスマスプレゼントとしてもらった「イエス・キリスト」と言う本で、主人公の行いが描かれた挿絵と共に、とても印象に残っています。次の関りは、大学での寮生活と必須科目の「宗教」の授業で、「祈りなさい。祈る事が大切です」と言う先生方の言葉と、寮での、朝晩や作業を始める前に讃美歌を歌って祈る習慣は、それ以後ずっと心の中に留まって今日まで来ています。聖書を通読してみようと思ったのもこの頃ですが、自分を委ね切る決心はつきかねたまま卒業しました。
東京を離れてからの教会探しが上手くいかないまま、すさんだ教育現場での物事に追われ、「絶えず祈りなさい」(第1テサロニケ5章17節)からも次第に離れていきました。ただ、今とても有難く、幸いに思うのは、「すべてのことを見分けて、本当に良いものを固く守りなさい」(同21節)を、自分の中高時代に示して下さった先生方の姿勢を真似ようと言う思いがあったので、何とか守り通せた事です。振り返ってみて、「心が騒いだ状態」が止め処無く続き、心がどこか乾いた状態の毎日でしたが、祈りや神様へ委ねることへの欠落と、そこから来る心の余裕の無さとが、相互作用を起こして悪循環をしていたように思います。
2.イエス様のと出会い
イエス様の存在を常に心に留め、自分の中でのけじめをつけようと思ったのは、イギリスに渡って数年が過ぎ、IRAの活動が活発になり、その対象が無差別になった頃です。それ以前の祈りの欠けた生活に懲りていたので、常に行く為の教会は見つからなかったのですが、週末には最寄りの教会に行ったり、あるいは生活の折々に、様々な事で神様に祈り、感謝し、委ねるところは委ねていました。
自分で選んで飛び込んだ社会でも、要領が掴めるまでは、日本に居るのとは異なった緊張感や迷いやもどかしさ等が伴いましたので、神様と対面しているその時間は、心の充電をし、体の力を抜いて居られる「とても貴重な時」でした。そういう「時」を持たせて下さる事にも感謝でき、そう思える事を通して、より豊かにして頂きました。仕事の性質上、日曜礼拝にはなかなか出られなかったのですが、穏やかに祈れない週日がそれに重なると、大きな忘れ物をしたようで、やはり落ち付かず、僅かな間に「主の祈り」を声に出して唱えたり、讃美歌312番(箴言18章24節)、298番(マタイ28章20節)、87B番(第1ヨハネ4章8節)等を、祈りを込めて小声で歌っていました。
その様な毎日が続いていたある日、週末出勤の当番を前日に代わったこともあり、いつも乗換えに使う駅をその日に限り通らなかったという偶然ともいえる事が理由で、たまたま爆発現場に居合わせなかった事が数回重なり、「不真面目な自分でも、神様は守って下さっているのだ」と体中がぽかぽかするように覚え、同時に自分の中途半端さを深く反省しました。又、「死は予告無く訪れる」と言う当たり前な事を目の前に突きつけられ、「どう処すか」を真剣に、身近に、考えるよう問われた思いがしました。「神様が、何かの目的で自分を生かして下さっている」と言う考えがすっと自分の中に沈んだ時に、何時何処で「死」が自分に訪れても良いように心を構え直すと共に、イエス様への「向き直り」や「委ね」をはっきりと行いと形で示す「時」が来たと素直に思えました。
そして聖書にある「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、全ての悪から私達をきよめてくださいます」(第1ヨハネ1章9節)の御言葉を信じ、慈愛深い方により頼んでいく事を決める事が何の抵抗もなく出来ました。それは色々な意味で、とても大きな転換期になり、何よりもそれ以来「死」が「怖さ」の対象で無くなり、神様がいつも傍らで見ていて下さる安心感と、自分がベストを尽くしながら、神様の御心と御手に物事を委ねるのなら、きっと良いようにして下さるとの確信とが、常に持てるようになりました。それ以来、謙虚に、肩肘張らずに、飾らずに、人や物事に対処出来るようになり、それまでの長い間待って下さった神様の辛抱強さと、深く広く豊かな神様の愛に感謝しました。
3.背中を押されて洗礼へ
マレーシアに来てから三度目の教会探しが始まりました。友人に誘われて数箇所行きましたが、何処も今ひとつぴったりくる所がなく、かといって一人で「仲間」の中に入っていく勇気も無く、定期的な週日礼拝には出られない状態が何年も続きました。それが変わり出したのは、約一年前、ラジ洋子さんがメソジストトリニテイーに行っていると教えて下さった頃からです。教会名を聞いた時、近い内に行くつもりの処でしたから、とても驚きました。
それから、毎週月曜日のJCFの婦人会に来ないかと誘われ、いわれるままに参加し、そこで聖書の御言葉について日本語で学んだり、多くの方々と交わる機会を与えられ、JCFの存在も知りました。それからの半年は、次第に聖日礼拝に定期的に出られるような生活パターンに変えるように導かれました。去年の九月からは、学生時代以来の定期的な礼拝出席がほぼ可能になり、とても嬉しかったです。
まもなく池原星子さんの洗礼式があり、自分の全てを常に共に居て愛して下さる方に委ねられるのはやはり素晴らしいと、改めて思いながら観ていました。その後の愛餐会で、「次はあなたの番ですね。いつですか」との許先生からの問いかけに、知らないうちに「いつでも。準備は出来ています」と答えていました。「時」が来ているのは確かに感じていましたが、まさか背中を押されるようにして次へ進むとは思っていなかったので、自分でもとても吃驚しました。しかしそうさせる事で、時の到来に伴った心構えをするよう神様が導いて下さったのだと受け止める事が出来ました。
後日、許先生と加藤先生が、元旦を初回としてイースターの洗礼に向けて準備会を行うと決めて下さいました。元旦もイースターも「区切りの日」、「人や物が新しくされる日」で、生まれ変わりにこれ以上相応しい日は無く、愛餐会での事にも増して、偶然の一致にしては出来すぎの良い計画をして下さり、両先生方を通してその実現に導いて下さった神様に、今もとても感謝しています。
省みて、許先生の問いに間髪をおかず答えた頃は確かに、神様の方を向いて毎日を過ごしていましたし、「心を尽くして主に拠り頼め」(箴言3章5節)と、「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」(同6節)は、以前からの生活信条で、励行を心掛けていました。一番初めの神様との出会いからは勿論、「常に祈りなさい」と言われてからも、かなりの時間が経ち、その間には銘と言う配偶者を得、「自分の意のままに」の生活ではなくなっていましたが、彼にすれば青天の霹靂に近い私の望みを受け止めて、礼拝への送り迎えや、JCFの行事に厭わず参加してくれています。そんな彼の寛容さや姿勢もそうですが、そういう人と出会わせ、添わせて下さった神様の、私という者に一番良いようにとの御配慮が常にある「道備え」の御働きには感謝し切れません。
また過去一年間の、今までにない速さで物事が進んできた事を思う時、神様が「時」を計りながらその過程をひとつひとつ進めて下さったのだとしか考えられません。それらの全てが、「求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなた方の喜びが満ち満ちたものとなるためです」(ヨハネ16章24節)のみ言葉や、「この希望は失望に終わる事がありません」(ローマ5章5節)のみ言葉の通りに神様が働いて下さったのだと、謙虚に有難く受け止めています。そして、一つ一つの御働きの裏にある「豊かな愛」に改めて深く感謝しながら、「神の家族」(エペソ2章19節)として、「キリスト・イエスという礎石にあって組み合わされた建物」(同20−21節)の一部として、御言葉に従い、これからを歩んでいこうと思います。 以上