「証」
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2007年7月29日(日)の「証しの礼拝」にて
河合 斉
当地マレーシアには2005年4月に仕事の関係で参りまして、以来2年3ケ月が経ちました。そしてこちらKLJCFにもそれ以来通っており、皆さんにお世話になっておりますことを感謝致します。
また受洗4ヵ月後に当地に来ましたので、今日は、私の受洗前後のことについて証させて頂きます。
(1)キリスト教との出会い
私は1944年に岐阜県高山市で生まれ、18才までここで過ごしました。宗教的には、町全体そして実家とも、仏教と神道(しんとう)の両方が並存して行き渡っておりました。いわば日本古来の典型的宗教形態の中で育ちました。
その後、社会人となってからの18年間(つまり36才まで)は、特別に宗教との係わりはありませんでしたが、育った時の宗教観、即ちその宗教が何であれ、宗教心を持つ事の大切さは常々認識しておりました。
そして会社員として仕事を続ける中、上司の紹介で妻正子と出会い、結婚致しました。上司も正子もクリスチャンでしたので、これが私のキリスト教との最初の出会いとなりました。
(2)受洗前
結婚後に妻と一緒に自宅近くの教会へ、毎週足を運ぶ事になりましたものの、聖書に目を通すのもこの日だけで、普段は本箱の片隅に置いておくのが常でした。
一方、仕事の関係で海外出張が何回かありましたので、その国の宗教的遺産や施設、宗教行事などに関心を持って見学はしました。この事は、後に旧約聖書を読む際に、実像をイメージするのに役立ちました。しかしこれは単に外見的知識であり、「信仰心」ではありませんでした。
そうこうしている間が、20年間も続いてしまいました。受洗に踏み切れなかった理由が2つばかりありまして、
その1つ目が企業戦士を自認する自分にとって、クリスチャンになることがマイナスになると思い続けていた事です。
その2つ目が仏教との係わり、即ち「わざわざどうして仏教からキリスト教に変えるのか?」の疑問でした。
(3)受洗の決心
2001年(57才)から新しく教会に来た人達を対象とした「聖書の学び会」に出席するようになりました。ここで4年間程学ぶ内に、キリスト教の奥の深さを知り、1つ目の「企業とクリスチャンとの関係」の問題が次第に解消されてきました。
またこの期間中に読んだ本(「仏教からキリスト教へ」、著者:元僧侶;亀谷凌雲かめがやりょううん)により、2つ目の仏教との係わりの問題も解けてきました。
こうしてようやく、イエス様を信じて生きて行こうと決心し、2004年12月に受洗致しました。
(4)受洗後の今
「隣人を、あなた自身のように愛せよ。」マタイ22:39、ルカ10:27
「何事でも、自分にしてもらいたいことは、他の人達にもそのようにしなさい。」マタイ7:12
イエス様の限りない愛に日々感謝しつつ、又うぬぼれ心の強かった自分ですので、謙虚さを忘れず過ごして行きたく思っております。
以上