主が備えてくれた私のマレーシア生活 伊藤光雅
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私がマレーシアにてKLJCFの兄弟姉妹と共に、この記念すべき1000回目の聖日礼拝を迎えることを備えて下さり、私をこの場に送って下さった主に感謝します。
私がKLJCFに初めて来たのは2004年12月5日です。数日前の11月28日に加藤牧師へメールにて連絡を取ったところ、先生が地図を送って下さったため迷うことなく教会へ来ることが出来ました。当時、久々に教会を訪れ多少緊張していた私を、教会堂の2階にて、皆様が温かく迎えて頂いたことを覚えています。
私がマレーシアへ赴任したのは2002年11月10日です。それから約2年過ぎた後にKLJCFにやって来たことになります。マレーシアへ来る以前は聖日をかかさず守っていたにもかかわらず、この間、教会から遠退いていました。今思うと、職を得てマレーシアに赴任したものの、その環境に慣れるため精神的にも余裕がなくなっていた時期でした。
私の職場はマレーシア高等教育機関に属します。そこはマレーシア人優遇措置である"ブミプトラ政策"の影響を強く受けた職場です。それまでの私の価値基準からは想像できない出来事にしばし遭遇し、大変ストレスの多い職場でしたし、現在もその状況に変わりありません。その環境で働いている中で、安定した精神が保てないでいる私自身に気が付きました。ともかく主の前に出て静まる時間が必要と気付き、その時からKLJCFに来ることになりました。
KLJCFでは礼拝や聖書勉強会などから多くの兄弟姉妹と交わりを持っています。それまでの私の生活で大きく変わったことは、心の平安を保てる時間が持てるようになったこと、多くの兄弟姉妹との交わりで生活に潤いが生まれたことです。そして、何よりも小さな存在である私を常に主が共にいて導いて下さること、また、主に感謝して日々を送る意味を再度問い直されたことだと思います。
ところで、以前に日本の友人である教会員の方から、「マレーシアはどんな国ですか?」と尋ねられ、それまでの生活や職場での印象から私は「貧困に起因する犯罪も多く、私にとっては、正義や公共道徳の存在しない嫌いな国です。でも教会生活には恵まれています」と答えたことがあります。その言葉に対しての友人の言葉は「教会生活に恵まれているなんて、そんな素晴らしい国はない!」というものでした。私は返す言葉もなく唖然としてしまった思い出があります。それまで数カ国の先進国での生活しかなかった私にとって発展途上国マレーシアでの生活も主の備えだと感じています。また友人の言葉は、よくよく考えると事実だと実感しています。
今年の11月で私のマレーシアでの生活は4年が過ぎて5年目になりました。これまでのマレーシアでの生活を振り返って感じることは、全てを主が備えて下さり、その道を進んでいると感じています。
最後に、これまで教会へ奉仕されてこられたコー牧師、加藤牧師はじめ多くの教会員の方々へ敬意を表し、またこのE-証にて投稿の機会を与えて下さった諸江兄弟はじめ、第1000回聖日礼拝に向けて準備されている兄弟姉妹に感謝し、すべてが主に守られ、祝福されることをお祈りします。

2000年2月にRaleigh(USA)にて洗礼を受けました。