受洗の証 (2006年12月10日) 加納真奈美


●KLJCFとの出会い
初めてKLJCFに来たのは2004年12月12日のクリスマス集会のことでした。私はそれまでの人生で教会に行ったことがなく、その日も友人から「Potluckパーティーがあるから来ない?」と誘われたような気がしていて、初めての場所でしたが手作りの「五目春雨」をもって訪問しました。中に入ると既に会は始まっていたようで、歌を歌っていたり、お話が始まったりして、そこで初めて教会と気づきました。

初めは何の気なく聞いていたのですが、だんだんそのお話の内容に引き込まれ、イエス様が馬小屋で生まれたことについては一般的な知識として知ってはいたものの「なんて自分は想像力の乏しい認識しかしていなかったのだろう」という気づきと驚きが次々と沸いてきました。その後、内田先生が話の流れの中で「三位一体」のことをおっしゃった時、詳しくはわからないながらも「何かとても重要なキーワード」であるという印象が深く残りました。

ですから、クリスマスの会食に移った際に直接内田和彦先生に恐る恐る「突然不躾に答えを聞くような質問で恐縮ですが、三位一体の3つが何であるか、今一度教えていただけませんでしょうか?」と質問しました。すると内田先生は快く「父である神、子であるイエスキリスト、そして聖霊の3つをもってして一つの神である」ということを教えてくださいました。その際に私が教会へ来たのが初めてであるということを知ると、すぐさま加藤尚宏先生ご夫妻を紹介してくださりました。
これらのおかげで、そのときから教会とつながった生活を始めることができました。

●教会生活の中で
当時は日曜日にも勤務のある仕事をしていた関係で、毎週というわけにはいきませんでしたが日曜日の礼拝に出席するようになり、また金曜日の夜に行われていた「ローマ人への手紙」の聖書勉強会に参加させていただいたことが、私の中で信仰の種がしっかり芽をだして育っていく大きな機会になりました。
当時はクラスについていくのに必死で余裕がありませんでしたが、今にして思えばこの勉強会のおかげで、魂の渇きに対して様々な養分やうるおいが与えられてきたことがわかります。またお交わりのあった皆さんからキリスト者的な姿勢や視点を学べたことも価値のあるものでした。

私は日本にいたときから占いを見るのが好きだったり、自分で努力すればそれ相応の結果に恵まれるものだという漠然とした気持ちを抱いていました。
しかし、よく考えてみれば自分に自信が持てなかったり不安だからといって気休めに根拠もないような占いで気晴らしをすること、また確かに行いや努力、目標というものは大切であるにしても、それのみが全てであるのかどうかということに疑問を感じはじめました。
行動以前の取り組むタイミングの適切さや自分にとって思いもしなかったような選択肢を提供してくれていたのは、誰だったのか?占い的な力やただの偶然の繰り返しが積み重なったものだったのか?そのように見ていくと、何か計画を立てたり導いてくださっている大きな存在があるということに気づき始めました。そして、どんな嬉しい出来事も困難に思えることでも私の学びのためにわざわざご計画くださっている神様の存在が具体的に意識できるようになり、今までのすべての出来事に対して感謝の気持ちが抱けるようになりました。

そんな中で金曜日の勉強会やSJCFのファミリーキャンプを通じて「私たちひとりひとりは究極的に自分にたよるかキリストにたよるかいずれかに決定しなければなりません」ということを学び、これは言い換えると「人間の罪を選択するか神の無償で与えてくださるいのちの賜物を選択するのか」ということだと思うのですが、「当然、神様のほうだな」と自然と思えるようになり、今までの自分のエゴに満ちた選択が「罪」であったということがわかりました。

また信仰を持つということは今までの既成概念から「何か堅苦しい」とか新興宗教のように「時間やエネルギーを絡めとられる」というイメージを抱いていました。しかし勉強会のなかで偶然「真理は自由を得させる(ヨハネ8章32節)」を知った時、「むしろ自分の思うままに生きてきた今までの方がずっと狭い視野に捉われていて、本当は苦しかったのではないか?」「自由だと思っていたのに不自由であった(虚偽の自由)」という気づきが持て、神の下にある「真の自由と平安」に深く共感することができました。

以上のことから私は神様を受け容れ、神様に全てを委ねた暮らしをすべく洗礼を受けたいと考えるようになりました。
そして今日、洗礼が受けられたことを心から嬉しく思います。

初めてKLJCFで内田先生から質問にお答えいただいた際に「もし、今日のことがきっかけになってあなたがクリスチャンの道を歩まれることになりましたら嬉しく思います。」とのお言葉を頂き、当時の私はぼんやりと「それはありえないな」と心の中で感じていました。
しかしながら振り返ってみますとひょんなことからマレーシアで暮らすことになったのも、教会へ導かれたことも、「ありえない」と感じていたクリスチャンへの道を歩み始めたことも、すべて神様のご計画に従ったものであったということが今でははっきり受け止められ感謝の気持ちでいっぱいです。
また、様々な気付きの種が枯れることなく芽を出して苗として育っていけるように日々サポートしてくださいました加藤先生、ならびにKLJCFの皆様に心からの御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

これからも神さまとの絆を大切に、全ての出来事に神様からの信号を受け取ることができるように、祈りをもって成長していきたいと思います。