KLJCFボレー 新倉洋介
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推測するに、小生がKLJCFの週報をはじめて手にしたのは、250回目前後の事と思う。1992年に来馬して、やっとのことで、KLJCFをたずね当てたのは・・・(加藤牧師宅の週報綴りを拝見して、1992年8月23日、250回目の礼拝に出席していたことがかくにんできました。)
JGGHの建て替える前の教会堂で、天井扇風機だけの空調で、礼拝を守っていたころでした。礼拝の始まる30分前に、高窓の回転窓を長い棒の先で操作して、風を流通させ、礼拝終了後には、また長い棒を操作して、閉じる。この御奉仕に、入江さんの二人の息子さんが、けなげに奮闘されていた。今では、そのお二人とも、家庭をお持ちのお父さんなっているのではないかと推察します。
当時の議長さんは、現在の牧師、加藤尚宏先生でした。放送関係のお仕事に携わっておられ、世界各国を飛び回っておられました。
週報は、ワープロを駆使して、ご奉仕のご婦人方が、懸命につくっておられました。、礼拝が終わってから、会員の一人の自宅に集まり、中庭でバーベキュー大会を楽しむなど、大変 楽しい交わり会を持っていました。礼拝には出席されない未信者のご主人方も、この交わり会には、進んで集っておられました。暑い国で、アツイ想いで、熱い食事をするのも、一興ですね。
加藤議長が帰国され後を引き継いで、753回目の週報までは、福永迪雄兄が、議長の任に当たられて、奥様の敦子姉と共に献身的な、ご奉仕に当たられておられました。754回目から、加藤尚宏先生が、牧師として、再び来馬され、今日に至っています。
小生は、通算で、1000 マイナス 250 イコール 750 もの、週報のお世話になっていたわけです。週報作成担当者の、血のにじむような毎回のご奉仕によって、ここまでに至ったことを思い起こすと、ただただ、主に感謝あるのみです。
特筆すべきは、週報の表紙が、カラーによる花の写真で、発行されるようになったことです。907回 2005年3月27日 イースター、この日からスタートされています。諸江 修兄の多大な、御奉仕に心から感謝申し上げます。
KLJCF会員ならびに関係者の喜怒哀楽を、週報を通して垣間見ることができますね。そして、すべてにわたって、私たちの救い主、イエスさまの変わらない愛につつまれていることが、わかります。
