受洗のあかし 韓以紗也/下橋以紗也の両親
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以紗也は、クリスチャンでキリスト教神学を勉強している父親と、洗礼を受けたいと考えていた母親のあいだに生まれました。
以紗也の名前は、聖書のイザヤ書のイザヤの名前をもらってつけたものです。聖書の名前をという父親の希望と、韓国の人にも日本の人にも発音できるできるだけ自然な名前をという母親の希望からこのように名づけました。韓国の発音に合わせて濁音のない「イサヤ」としています。
「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(イザヤ書40章31節)という聖句がイザヤ書にあります。イザヤ書を読むと、力づけられるような躍動感を感じますが、この子がそのように育ってくれればと願っています。
以紗也の父親は韓国人で、母親は日本人です。親の国籍がことなることで、将来、以紗也がアイデンティティになやむこともあるかもしれないと心配がなくもありません。けれども、わたしたちは、以紗也がクリスチャンとしてのアイデンティティを大切に、どこの国の人というのではなく、人としていい生き方をしてくれればと思っています。
以紗也の父親が、母親との結婚を決めるときには、「そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、イエス・キリストにおいて一つだからです。」(ガラリヤ書3章28節)という聖句がたすけになったそうです。以紗也が、ほかの人についても自分自身についても、そのように考え、属性で判断するのではなく、人や自分を大切にできる人になってくれるよう祈っています。
どのお父さんお母さんもそうなのでしょうか。まだ、子育てをはじめて1年にもなりませんが、それでもうまく子育てができているのか心配になることがあります。そんなとき、以紗也の父親は、子どもは親の愛で育つんじゃない、親の祈りで育つんだと言います。言い得ているなと思います。わたしたち親はなにもできませんが、神さまがわたしたちに預けられたこの子が、心も体も元気に育つよう、祈りつつ、育てていきたいと思います。
この子がうまれるまえから、そして、うまれてから今まで、ずっと見まもっていてくださる神さま、これからもこの子が心も体も元気に育ちますように、また、この子が必要なたすけをわたしたちが与えることができるようにお導きくださるよう、イエスさまのみ名によりお祈りします。
以紗也は、KLJCFでの幼児洗礼第一号だとうかがっています。以紗也の洗礼のために祈ってくださったKLJCFのみなさまと、加藤先生にお礼申しあげて、終わらせていただきます。ありがとうございました。